2014年9月13日土曜日

善光寺 藤田久右衛門

ゲストハウスの方の教えで
朝の5時45分から善光寺本堂で行われるお朝事
「お数珠頂戴」に同宿泊者のみんなと参加
365日行われ、毎日1分ずつ始まる時間が遅くなる

善光寺は無宗派ですが、天台宗と浄土宗に護られているので
それぞれの宗派のお坊さんが約30分ずつ経を唱える

本堂前には参拝者の長い列で
時間が来ると跪き、順にお数珠で頭を撫でて頂いた

内陣の中でのお勤めを観覧させていただき
言葉とは違う経のコーラスのような響きが、すごく不思議な感じだった

なんとこの行いは千年も前から一日もかかしたことがないのだそう

そして善光寺の特徴としてお上人(おしょうにん)と呼ばれる女性の住職が多いのも見所


次に「お戒壇巡り」
前夜に同じ宿泊客の方にどれだけ怖いものか聞いていたのですごく興味津々だった
これは内々陣奥の床下に続く階段を降り
真っ暗な回廊を歩く途中で極楽のお錠前に触れると
真上におられる誰も見たことのないとされる秘仏と繋がり
往生の際にお迎えに来ていただけると約束されるもの

一切の光を失うということがこんなにも恐ろしいものかと
すごく身にしみた経験だった
子供だったら泣いてしまうんだろうな
前に進まなければゴールできないのに
前に踏み出す一歩がとても勇気のいることだと思った

また、鍵にたどり着くあたりで微かに光が差すようにも作られ
昔の人の感慨深さに本当に感動した
そして前日の戸隠神社奥社にも繋がることかもしれないけど
この回廊は産道を意識しているのだそう
自分の原点を見つめることができる場所が、長野には多いように感じられた



この後に6時半から開店している
藤田九右衛門」へ
ここでは鯉焼きを、店主が入れたお抹茶を味わいながら堪能できる

すごく小さい店ですが、築何年か分からないぐらい古い建物を
ほぼセルフリノベーションで作りあげた店内にはすごくこだわりを感じます

店内で頂くお抹茶もとても美味しく
一緒だったドイツ人の女の子がお茶の経験があったので
彼女が飲み方を教えてくれました笑

店主によると、お抹茶は世界で一番カフェインが含まれる飲み物だそう
コーヒーや紅茶は抽出させますが、お抹茶は粉末をそのまま
その為胃もたれ等が起きやすいので、始めに菓子をつまみます

そして店主のこだわりで
日本で一番高級なお抹茶(2万円台)から手頃なものをセレクト販売
京都のようにブランドに偏りがないので、このオリジナルのラインナップや
店内で気になるお抹茶を選んで飲めるのも
日本ではこの店ぐらいなのではないのでしょうか

さらなるこだわりとして
この鯉焼きは鯛焼きと違い
お土産に持って帰りたいという人の気持ちを考えて作られ
冷めても美味しくなるように作られています
そして両面ちゃんと絵柄が違い、豆は長野産の花豆を使っています

そしてさらに。。
ゲストハウスの方のおすすめでトイレへ行くと
そこには素敵な鯉の絵が美しく描かれていました
鯉が覗いている姿はまるで鯉が生きていると思わせるかのようで
朝から感動の体験なのでした

そしてこの後は本堂に戻り、丸なすの焼きおやきを食べ次の旅路へ





戸隠神社中社~奥社 小布施 




始発のバスに乗り戸隠神社中社へ

社殿には火事によって一度消失してしまいましたが、日立製作所によって復元された「龍の天井絵」があります

普段お目にかかれることはありませんが、結婚式等の行事で龍の姿を拝めるそう



入口には樹齢800年の大きな三本杉
(カメラに納まりきらない大きさ)









  とその根っこ
































神社奥社入口までの道のりを歩く

雨が降りだし、周りには誰もいなくて気持ちの良い静寂


相変わらず道に迷う
途中に奇妙な塔を発見

頭の良い息子が義理母を守る為に父親に嘘をつき、夫婦の仲を保ったことを称える塔

実父に嘘をつくという罪滅ぼしのため、庵をたて一生を終えたそう
天気が悪く朝も早い為か
下がってくる人はいるものの
自分の後ろには誰もいない中
樹齢400年の大木たちを拝むことができた


木の皮ひとつとってみただけでも大きく立派なもので
ここまでの長い道のりを埋め尽された大木は本当にすごかった


東京にいるのと比べたら別世界で
自分は到底敵わない存在だと思い知らされる



入口より約2kmの道のりを夢中で歩く

 



石段は上に昇るに連れ狭く、一段が高くなっていく
狛犬は向かって右側が口を開いた角無しの「阿像」で獅子、
左側が口を閉じた角有りの「吽像」

「唐獅子」の思想は遣唐使が中国より受け継いだものだが、この「阿吽」の表現は日本独自のものだそう





ここからは小布施の「岩松院」

葛飾北斎の天井絵「北方睨み鳳凰」見たさに訪れた

170歳ほどになる鳳凰は畳21畳分の大きさで見上げるのが大変だった

でも天井との距離が結構近く
じっくりと見ることができた



北斎は90歳で没年しましたが
鳳凰は彼が89歳での作品

後で知りましたが彼が敬慕してやまない富士山も隠し絵として描かれているのが平成2年に発見されたそう 


 

このあとは「北斎館」にて北斎の肉筆画を見に行った
肉筆画とは一種の浮世絵のジャンルであり、いわゆる絵画のことを指す

浮世絵とは本来絵師・彫師・摺り師のように分業されたものが一般化されていたが、
自ら筆を取り、描いたものを区別するために名付けられたのが肉筆画

肉筆画では、浮世絵では描けない筆の絶妙な描き方を見ることができ
ただただ驚くような作品ばかりだった


ちなみに長野駅から小布施までの電車を乗り間違え大きなタイムロスをし
30分ぐらいしか見れなかったのが残念

しかも17時になったら土産物屋から飲食店まで全ての店が一斉に閉まるので
この日は食べ損ねたお昼を10分で平らげる始末になってしまった。。


善光寺前のゲストハウスにて1泊

オーナーがとても素敵な方で、泊まる人全員に旅路を聞き、お勧めのお店や細かい情報を色々教えてくれた

普通の旅館やホテルでは到底経験できない交流と楽しみを味わえて満足した夜だった


そしてギターを演奏し始めた男性軍はとても奇妙な二人組だった。。




2014年7月27日日曜日

「初夏」 in Cosmos lane Studio & Gallery


「真ん丸の空」
海中にだって土壌にだって住居は存在する。やわらかい空。あたたかい風。重なる空で今日も呼吸をする。 


「マドモアゼル・ボーイ」
その花びらが僕に届くように、手を差し出して僕を呼びかける。飾りじゃなくて生きているんだと僕に主張する。ぼくらは同じ景色の中で語りあう。


「泣き虫hollow
僕は君に向かって、君は僕に向かう。進む先はきっと同じじゃない。だからぼくらは分かり合えるんだ。共存していけるということを。


mellow go round
壊れた街に黄色い風が吹く。一瞬で街を包み込んだなら、景色は変わらなくとも街人は陽気になる。火を灯し、街が温まり、色が灯る。街人が歌いだし、いつの間にか景色が変わる。


「自分自身の恐れ」
一色は穏やかさ、自身の深さ、広がり、静寂を表現する。じっと透明な世界を見つめている。


「手のひらのスーパーボウル」
暗闇が見えたなら、そこには光も共存する。そこで見る光の輝きは計り知れない。その輝きは僕しか知らない、僕だけの目印。


「雨のち虹」
きっと誰かも、僕さえも、その姿を知ることはない。自分の背中を自分で見ることができないように、僕は今日も思い浮かべる。


「空っぽのダンス」
暗闇でも、僕は踊ることができる。僕の持つ音楽が僕を躍らせるんだ。


「ビリジアン・コンデンサー」
燦燦と照りつける太陽の下、光を浴びて光を吸い込む。心を空に近づけて、手を合わせる。そうやって僕は歩いていけるんだ。


「無知な群青」
影は自分の存在を教えてくれる。だから表裏一体であり、僕と同じなんだ。でも僕が気づかなければ、そこにあるということを知ることもない。光の下で照らされて、君を離さないように、ずっと手を繋ぎたい。


「ラグラマグラ」
一度でも掴んだものは僕の中で循環する。全てを飲み込んで一色になろうとする。世界には無限の色が広がり、僕はどれだけそれを手にすることができるだろうか。

人間の存在理由

植物や動物は地球が生きるうえで欠かせない存在

絶妙なバランスのサイクルではじめて完璧に循環する

でも今の私たち人間は違う

地球からは必要とされるばかりか

地球を壊す地球にとっての敵みたいな存在だ


でも私たちが存在してるのは そこには必ず理由がある

私たちは本当に頭がいい

だからこそ全ての生態系を理解し

種を平等に扱い 全てを共存させることなんだと思う

微妙なバランスで崩れるトライアングルからは何も生まれない

私たちはまだまだ歴史の1ページから抜けられないままだ
















2014年7月22日火曜日

なにかにもなれずに

今日は意味もなく気分がよい どうしたことだかな

何を言われても全て笑って受け止められるような気持ちよさ

そして友達からの小さな幸せの報告


昨日は東京喰種を読破

カネキが強さを得るに連れて彼自身の孤独も増していく

その姿は美しくもあり 誰の手にも触れられない場所に向かっていた

自分くらいなんだろうか

こんな主人公に共感ばかり感じてしまうのって


この間絵を描いて思ったこと

自分自身にこんな恐ろしさを感じたことはなかった

どんな悪いことをしても自分で

自分がどんなひどいやつだってそこで気づける人はあまりいない

自分を苦しめる黒い影を見たときに

思わずそれを追いやろうとする

明るい色で消そうとする

そこに居続けることは知ってるし

自分でどうにもできないことも知ってる

2014年7月21日月曜日

どうして正しい歴史を知ることが重要なのか

国家を自分自身に置き換えるなら簡単なこと

自分が成長するためには 新しい学びを継続していかなければならない

ただその為にはどうしても越えなければならないものがある


自分自身の限界 失敗 

それらを経験して初めて自分の強み・弱みを知り

そうやって様々な間違いを自分自身で受け入れることができるようになる


歴史にはそれらのヒントがたくさんあり

そこから学び取ることができる人とできない人で大きな差が生まれる


過去に起こった悲しみを共有するような

無意味なことはするべきじゃない



日本では日本教職員組合の指導要綱にて

明治時代以降の歴史を教えることを勧めないということが明記されている


私たちは自分の住んでる国のことさえちゃんと分かってない

自分自身を知らないことは成長するチャンスを見失ってることになる

それは幸せから遠のくばかりでどんどん悪くなるだけなんだ


どうしたら多くの人に真実を伝えられるのか

目の前で誰かが悲しむのを見る前に自分のできる限りのことはしていきたい

だから私はまた歴史を勉強するし声にならない声で伝えたい

そんなことで悩んでたのかって思えるぐらい

正しい方向でみんなが歩けるように

2014年7月18日金曜日

へつらう波を漂うばかり

限られた世界の中で

気持ちが毎日行ったり来たりで中々前に進めない

自分自身を共有する場所がない環境

言語という煩わしさと頭の悪さ

それらに目を向けないようにっていつも考えてる


うまくいきそうと思ってたことがうまくいかなかった時の落ち込みは大きいや

今はただ準備をするばかり

たくさん考えて

たんさんのことを覚えて

自分でできる限界まで成長していけると思ってる


それに伴う孤独感は半端ないものだけれども