2010年10月31日日曜日

Rest in Peace

今日はデザインレクチャーのボランティア。

日本は木を使ってないから森を枯らせてしまう。
使わないことが逆に環境問題らしい。

うちの父が昔材木業やってたから夢中で聞きました。

建築家の勝矢武之さん。

確か8000本の木材を使用して作った「木材会館」はデザインに機能性、木の特性を活かした本当に素敵な建築だった。


お父さんに見せたら何て言うかな。


それからカナダのサスカチュアン州よりJudson Beaunmont氏。

この人すごいんだ。

うらやまし過ぎるトゥーンタウンのような夢膨らむインテリアが次々と出てきてびっくり!

日本人でこんなデザイン描ける人は絶対にいないだろうな。


ちなみにこれは古時計のおじいさんです。
自分でも時間が確認できるよう腕時計を付けていました笑


印象深かったのは今の若い子たちがスケッチブックを持ち歩いていないということに驚いていたこと。

きっとデザイナーの為だけのものじゃないんだよね。 そうだよね。

私も早く自分らしさを取り戻したいな。


あともうちょっとなんだよね。

何も出来ない時間はなんてなんて長いんだろう。

あの頃の自分が輝いていたんだって今だから分かる。

今は「蛇にピアス」のような自分だけれど。

あーーー泣きたい。



凍った水溜まり 長靴ジャブジャブ 明日は晴れるかな。

2010年9月29日水曜日

脱脂大豆の恐怖とマーガリン

実は結構前から栄養学の勉強も独学でちょこちょこしておりました。

最近関心が薄れがちだったのですが、知り合い関係で出会った女性に栄養学の話を聞いて、私たちは食においても本当に何が正しいのかを判断する能力を身に付けないといけないのだと実感しました。

例えば一番驚いたのがお醤油の話。

実はお醤油って昔は高価なもので、明治初期には米の3~4倍の値段だったそう。

それが今では1ℓで130円とかもっと安いものもあります。

それはなぜか。

古式製法では大きな木の樽で職人の五感により、3~4年の時間と手間をかけて作られていました。

しかし、現在スーパーに並べられる大量生産され、安く売られている醤油は全く製法が違います。

まず原材料に大豆ではなく「脱脂大豆」を使います。原料代が6割ほど抑えられますが、これが危険なんですね。

脱脂大豆とは、サラダ油などに使われる「大豆油」を搾取する為に大豆に化学薬品を使って「油」と「カス」に分離させるのですが、その残った「大豆カス」のことを「脱脂大豆」と呼びます。

しかし、この化学薬品が危険!

消防法が危険物指定する「ヘキサン」を使用していて、毒性が強く、取り除く処理はしていても残留の可能性があります。

しかも脱脂大豆のほとんどは日本で搾取されたものではないので、日本の食品規制が及ばず、安全性がありません。

「脱脂大豆」は大量生産するとコストが安く、最終段階で油を取り除く手間も省けるうえ、製造加工も分解・発酵が早いために3ヶ月ですみます。

メーカーにしてみたら好都合なのですね。

多くの醤油はこの脱脂大豆にアミノ酸などの化学調味料やアルコールで味を加えているものであり、危険度の高い添加物で加工されたものばかりだそう。

いわゆる毒性の強いニセ醤油といえるものばかり。

お醤油を買うならせめて原料が遺伝子組み換えでない国産大豆、小麦(米)、塩、水のみのものをオススメします。

大豆も多くが輸入品ですが、船で輸送するとき保存をよくする為に使う化学剤(コンビニにも使われますが・・・)が危険な為、大豆に限らず国産品が良いそうです。

そしてもちろんこの方法で搾取された油も危険であり、高価ではありますがせめて「圧搾法」とかかれた油を使って欲しいです。

脱脂大豆のように石油系溶剤を使うのは「溶剤抽出法」といいますが、この製法の油は危険ですよ。


そして溶剤抽出法となるとマーガリン。

マーガリンもこの製法ですが、実はこの製法でとった油は「トランス脂肪酸」を含みます。

「トランス脂肪酸」は自然界に存在しないものなので悪玉コレステロールを増やしてたくさんの病気を招きます。

欧米では使用を規制しているほど本当に体に悪い油。(ちなみにショートニングも)

それに加えて、マーガリンは塗りやすく大量に使いたい為に、バターに水素添加という化学処理をして無理やり固体にしたものです。

近年わかったことですが、実はこの水素添加も体にはものすっごく悪くて、このことからマーガリンには「狂った油」とか「プラスチック油」といった異称もあります。

脳にとって油は必要ですが、その油がこういった悪い油だと脳みそも狂ってしまうそうです。
私もすぐ買い替えましたが、一日でも早く体によい調味料を使って自炊することをオススメいたします。

そして裏の食品表示も細かにチェックするようになりました。

こういったことを教える人がもっといて欲しいなぁー

そして料理がんばろっと♪


2010年9月13日月曜日

高山なおみさんとビーさん

私の好きな料理研究家の1人でもある高山なおみさん。
「日々ごはんの世界展」という展示会に行ってきました。
台東区にある「ごはんとくらし」をテーマにしたレーベル、アノニマスタジオ1Fにて広がった彼女の空間は素敵でした。

ただ単純に料理が好きということ、毎日のくらしを楽しんでいるという雰囲気が伝わってきてすごくよかったです。

そして彼女が書き溜めた料理メモだったり、読者からの暖かいメッセージに心が和んだよー

高山さんはみんなから愛される素敵な料理家の1人なんだなーと実感だ。

そして私も知らなかったのですが、映画「ホノカアボーイ」の料理を担当なさっていたのだそう!

確かに高山さんが手がけたというのが納得できる素敵料理だ☆☆

そして実在する人物を映画にしたというのも初めて知りました。

倍賞千恵子さんが演じるビーさんがすごく好き!

あんなふうにかわいい服着てとびきりかわいいキッチンで毎日をのんびり誰かと楽しく暮らせたら幸せなんだろな♪

2010年9月5日日曜日

FINAL ANSWER

昨日の夜はカレーとドーナツを作りました。

思いのほか好評で何よりです。よかったよかった。

そして今日は授業が長引いて10時間くらい講義を聞いていたのではないでしょうか。

初めて勉強を放棄したくなりました。。w


残すところ雑貨の授業もあと1回。

1年半。

本気で自分のお店を出したいと思い始めてから、なかなか自信のある答えが出せないでいた。

考えて探して考え続けて、、自分が本当に情熱を傾けられる本当に好きなモノって?

絶対に成功するコトを提供できるお店って??

その答えがやっと見え始めた。

色んな音楽・人・お店・情報・ファッション、、色んな出会いがあったからこそ出せた答え。

終了制作で表現出来るだろうか。



それにしても、相変わらずつらい毎日です。

あー、早く普通の生活がしたいです。

それが今の一番の願い。

自分の表現方法を知ることに勝る、幸せの近道はないんだろうな。

2010年8月23日月曜日

街は生きている

ながらく更新できませんでした。

そして、この2週間こんなに勉強し続けたことないのではというくらい勉強し続けてました。

2日間で2時間睡眠。実家に帰ってからも一日中勉強してました。
今も眠いよー


授業の課題である『地域特性』の研究。
私は原宿と日暮里を調べました。

一駅目標50Pになります。


でもやっぱり歴史は面白いです。
色んな歴史を調べると、色んな見方が変わってきます。

どうしてこの通りにこの店があるのかとか、この店がどういうきっかけで誕生したのか、そういうことを知ると赴きを感じることもでき、切なさや寂しさ、その街の本当の顔が見えてきます。


そして、歴史は本当に大事であると日々実感します。


それにしても、私たち日本人は本当に歴史知らなすぎる。

こないだ留学生の子と中国、台湾、韓国、日本のことなど色んなことを話した。
その子は自分の国についてどんな国であるか、どんな歴史を持って国民がどんな考えを持っているか、ちゃんと知ってるし、他国のこともちゃんと理解してる。

これが普通なんだよなーと思うとなんだか切ないなあぁ。

それでいて私たちはコントロールされて勝手な偏見持ったり、事実を知らないで皆で否定しようとする。

日本が本当に変わるには、歴史という事実をしっかりと認識することから始まると思う。

この国が好きだと言えるように、もっともっと歴史を勉強する人が増えて欲しいな。

2010年7月4日日曜日

Number Girl

PV初めて見た。

頭に風が吹き抜けるような疾走感と懐かしさ。

Number Woman

6月28日。森下での感動料理ホイコーロー。

中華は自分じゃ作れないのだなー



最近料理が日課になり、お弁当とかお菓子もたくさん作ってます。

パラグアイ戦の日作ったカツカレーは本当美味しかったー




それにしても、今週の課題は頑張った。本当に。

頑張ってよかった。

ひょんなことから調べることになったある日本人女性。


クーデンホーフ光子。


彼女は明治時代、日本初の正式的な国際結婚をした女性。

ゲランの香水「ミツコ」のモデルとも語られた、芯の強い素敵な女性。

彼女を知ることで、私自身が励まされていきました。


たとえ兄や弟であっても男性と会話し、歩くことが禁じられた明治時代。

そして異国人と怖れられた外国人。


そんな中で代理公使のハインリッヒ伯爵と光子は恋に落ち、彼女は18歳で結婚します。

明治時代にたった一人、ウィーンというまるで宝石箱のような世界の中へ飛び立ち、ハプスブルグ家の伯爵夫人として、夫の為、家を守る為、日本人としての誇りを守りながら、大きなものを一人で背負い、守ってきました。

ハンガリー=オーストリア帝国という国を知る為、作法や教養・語学などを猛勉強し、7人の子供の為にも懸命に努力し続けました。

ヨーロッパへ渡ってから一度も祖国へ帰らず、ありえないほどの孤独と狂気に襲われることもありましたが、夫を早くに亡くしてからも、彼女は大事なものを一生をかけて守り続けたのです。

親には勘当されたようなものだし、当時の日本人から見れば非常識人として見られていたのかもしれない。


でも、なぜ今になってもヨーロッパで活躍した誇るべき日本人を私たちが一番知らないのか、悲しいですね。


今の現代人に足りないものを全て兼ね備えてるような人。

私たちは知らなさすぎるんだなー