2014年10月25日土曜日

エビールチャネル ロングビーチ ストーンモノリス

パラオ アイライ州の国際空港に深夜に到着

最新情報は得ていたものの本当に断水していて驚いた
KBブリッジの水道管が破烈し、コロール・アイライ州で2週間前から計画断水

洗面台したのプラスチックケースいっぱいの水
これで全ての用を足さなければならない

水を汲めるものがグラスしかなく
洗顔がなんという不便さ。。
でも水不足の経験は小学校以来でなんだか新鮮だった

1日目はバベルダオブ島の北端 ガラロン州の保護区エビールチャネルへ
2、3年前にツーリストとして解放されたばかり 
数あるスポットの中でもかなりの秘境らしくとても楽しみにしていた


携帯の防水ケースを購入したものの 
残念ながら指センサーが反応せず写真を全く撮れなかった

でもこの水の透明度 
この森のような海の世界

ただ真っ青に広がる海
その下で私たちが戦争をしていたずっと前から
こんな美しい世界が広がっていたんだ

水族館では感じられない臨場感とリアルの美しさ
1日中見ていたいぐらいだ

こんな美しい世界を見たら誰もがこの世界の美しさを壊したくないと思う
だから世界中の人にこの美しさを知ってもらいたい
でもそれと同時に ここは人間なんかが来るようなところではないとも思った

二日目のダイビングで思った
毎日たくさんの人が潜る海と人のいない静かな海
死んだ珊瑚礁の山とエビールチャネルの生き生きとした色とりどりの珊瑚礁

サンゴは1年で1cmしか成長しない
サンゴを殺せるのは人間だけ
ガイドをしてくれたヒロミさんが折られたサンゴを拾って波止場に飾っていた


ちなみに中国人や韓国人は持って帰るからとわざわざサンゴを折っていいか尋ねるらしい しかも両手で抱えるほど大量に。。
珊瑚礁は魚の居場所なのにそれを奪うくらいなら人間が潜る必要はないよ
サンゴで怪我してしまったけどサンゴが折れなくて本当によかった

この日に行ったのはまず2つの島を結ぶパラオ最大のロングビーチ
真っ白で滑らかな砂の美しさにも驚いた
他のツアリストもおらず足跡のないビーチを独占状態


そして謎多きストーンモノリス
入場料がかかるのでおばちゃんが管理しており
ベラちゃんという猫と野生化した大量のニワトリたちがお出迎え


このどこからどう見てもニワトリ 「赤色野鶏」という学名があるそう
どこからか連れてこられたようですが野生化して進化してます
そしてパラオ中にいて昔から多くの建物にも描かれてる
パラオでお馴染みのレッドルースターのビールにもいますね


このストーンモノリスは誰がなんの為に置いたものか不明
でもパラオの法律で調べてはいけないことになっているので一生謎のまま
ですがどうやらパラオ唯一のパワースポットということらしい

2014年10月23日木曜日

パラオの歴史から ペリリュー島

5日間 パラオへ旅行へ行ってきました
メインはダイビングとシュノーケリングナイトカヤック etc.

友人と2人で行ったのだけど いつの間にか
オプションツアー 4 ディナー 2 全ての下調べと予約までを一人でやり
そこまではよかったものの現地での予約トラブルが重なり
だいぶストレスに悩まされてしまった

パラオは大きい会社だと基本日本人担当者がいてくれてだいぶ助かりますが
インターネット環境が悪く送信トラブルもしばしばあるそう
そして今回は予約したのにホテルに届いた案内では全く違うツアーであったり
予約してないツアーの案内があったりとかなり焦り初日は眠れず。。

また相方は相方で当日にもツアーの内容を理解しておらず
なんでもかんでも私に頼りまくりで
精神的に色々とまいってしまうこともありました

ですがそんなストレスを吹っ飛ばしてくれるような
素晴らしい自然と時間の流れ!

勢いで来てしまったパラオ旅行だけど
なんだかんだでよかった部分もたっっくさん

私が調べまくったパラオの歴史と感じたことを記します

そして日本人が知るべきパラオと日本の深い歴史の話



















15年のドイツ植民地時代後に”パリ講話会議”により日本委任統治時代が31年間あった 
この時厳しい日本教育が行われたので
現存する日本語が数多くあり(400語くらい)年配の人は日本語喋れる人多数
旅行中耳にしたのは「ダイジョーブ」 「モンダイナイ」 「ベントー」とか

現在の現地人はパラオ語、英語を喋りますがこれがかなりクセのある英語
タクシーの運転手のおっちゃんがひたすら台湾人と中国人について陽気に何か喋っていましたが全く聞き取れず。。
そして正月に汁粉を食べる風習もこの時からだそう

日本統治直前はスペインによる圧政や天然痘で6万いた国民が6千まで減少
整ったインフラや医療施設もなく 自然の中で暮らしてるような状態
あらゆるものを搾取し 略奪するひどい植民地政策だった

その後日本統治になったことでビール工場、缶詰工場、農作物等で雇用を生み出し
学校、病院、水道、電気等のインフラが徹底的に整備され
日本人は彼らと一緒に働いた



太平洋戦争前に パラオ人の3倍の日本人が居住したのは
建築業者、教師、行政官吏等を派遣したから
これらのことは現在のパラオの国定の教科書に大きく書かれているそう

そして日本人とパラオ人は本当に仲が良くて一緒に歌を唄って酒を飲むなど
とても平和な暮らしだったそうですが平和な日々も続かず

アメリカ軍がペリリュー島に攻めてくる
日本兵はその前に戦場となるペリリュー島を彼らは兵隊ではないからと本島へ避難させた
そしてもしかしたら勝てないかもしれないとも感じながら
パラオを守る為に全力で戦った

その後司令塔の中川隊長の元へ
パラオ人の代表者が船で来島し「一緒に戦わせてくれ」と願い出ました
普段温厚な隊長は
「貴様らごとき土人と共に誇り高き日本人が戦えるか!出て行け!」
白人が使っていた差別用語の”土人”という言葉で彼らを追い返しました

呆然となった彼らが離島した直後
近くに隠れていた日本人兵が全員出て彼らを「元気でなー!」と見送った
中川隊長の言葉はパラオ人を守るための必死の嘘だった

圧倒的な人数と兵器の数に日本人は3日で玉砕すると言われていたが
3ヶ月間必死で彼らは戦い抜いた
守備隊の抵抗力は凄まじく二度の上陸を阻止 
オレンジビーチは真っ赤な血に染められた
食料もないまま怪我をしたまま何日も洞窟に身を潜めながら
必死で8,844人のアメリカ兵を殺した
洞窟からの攻撃は予想外のものだったらしい
それでもすかさず火炎弾を投げ込まれてもじっと耐えていたそう

守備隊は最後に玉砕の意味を示す暗号「サクラ、サクラ」を送った後も戦い続けた

アメリカ統治になり日本人と作ってきた畑、神社等日本を象徴するものは破壊された 教科書にも日本人がパラオ人をたくさん虐殺したと書いたが誰も信じなかった

パラオは法律で先祖の歴史を掘り返したり壊したりしてはいけない法律があり
ペリリュー島や海中等に戦車、防空壕等がそのまま残っている

普通であれば外人の慰霊塔は建てないが
パラオ人はペリリュー島の1万以上の日本兵隊の戦没者を湛え
慰霊塔を建てて清掃した

















すごく深い絆で結ばれていたなんて全然知らなかった
どうして日本は他国の悪いところばかり私たちに教え込もうとするのだろう
あんなにも暖かく向かい入れてくれる場所をなぜ私たちは知る術がないのだろう

日本にはない雄大で南国の美しさに溢れた586の島々からなるパラオ共和国
実際に訪れて歴史を知った上でもっとこの国を好きになる日本人が
ひとりでも多く増えて欲しいと心から願います


2014年10月4日土曜日

relinquish the crown

一度人退職したいと申し出てから色々と状況が変わり
100円の時給upで新しい仕事に携わせてもらえることになった

翻訳会社と言っても大手企業の中身はどこも変わらないものだと改めて実感する
本当に尊敬できるような仕事ではないし何より働く人を見るのがつらい

だから今頃辞めているつもりだったけど
今はこうして勉強しながら仕事できることはありがたく思う

仕事が安定して生活に安心感が加わることで
別の世界に矛先を向くことができる
自らを壊そうとした自分は消えていって前よりは自然に笑えるようになった気がする

給料はたくさんもらえなくても
今はお金の価値が分かるから 小さなことに価値を見いだせる
自分のひとつひとつを大切にすることができる

日本人は周囲としか比べようとしない
だから自分たちが世界の人と比べて
どれだけ金銭的に裕福な暮らしをしているのかなんて心から感じることはできない

日々生きるか死ぬかの世界で貧しくても幸せな家族を見ると
日本人はなんて人間離れしてるだろうなんて思ってしまう
実際に私はそういう家族がいつも羨ましくてたまらない
それなのに何もしてあげられない自分が歯痒くてたまらない

だからまだ不自由がある中で生きてきた人たちは
私たちの手の届かないものを作ることができたんだろうなと最近すごく感じる

たくさんのものを作ってはたくさんのものを消費し続ける無駄
だから高い買い物をしても使わないなんてことも多い
本当にいいものなんて時間をかけないと作れないのだから
無理して働いてまでそんなに急いで結果を出しても お互いつらいだけだ

私自身常に結果を求められる毎日で自分を殺してまでも してきたことは
結局何一つ得られなかった

だから私は他人と距離を置いてまでも自分の世界の限界まで貫いていきたい






こないだNHKでYUKIちゃんがラジオ風のスタジオセットで特番してて
私が影響を受けてきた時から何も変わらない姿に驚いた

このMVではYUKIちゃんが浮気をしてどこでも寝てしまうダメダメな男役
加瀬さんがバイオリニストの女役
付き合っていく中でこの先どうしていいか分からず
お互い横顔ばかり見続ける切なさが描かれています

そしてこの二人の組み合わせと世界観がたまらなく好きだ



2014年9月29日月曜日

Breaking Badの教訓

以前に見たBreaking Badについて

麻薬製造のドラッグカルテルに堕ちていく化学教師

類を見ないコンセプトと下着姿で製造する姿に当初興味深くが沸くものの

次第にその世界の地位を得ることで豹変していく姿が見るに耐え兼ねていくようになった

なんでこんなドラマが人気なのか どこを見て面白いと言えるのか分からなかった

それでも見始めたら最後まで見ないと気がすまないので
Walter Whiteの悪人ぶりを半ば否定的に見ていた

見終わって一気にその意味がわかった

Bryan Cranstonの演技は本当に素晴らしかったんだ

もしそうであれば有り得るだろうと思えるセリフやストーリーも重なり

一話からの彼からは想像しえない 悪人に成り下がるまでの落ちっぷり

その微妙に変化していく主人公に私はずっと騙されていた

一話を見返したときの主人公の姿にあれほど驚かされたことはないだろな

そして彼自身のプライベートの姿を見たときの 彼が持つ優しさに溢れた姿にも本当に驚かされた

最近感じるのはアメリカにはこういった素晴らしい演技力を持つ俳優に溢れていること

多くの外人が言うように 日本人の演技はギャクなのかと思えるほどレベルが低いこと
というか日本人は演技をすることのないコミュニティなのでそれは仕方のないことだとも思っていますが




そしてラストを見終わってから 本当に学べることが多い

自分にしかない才能を持ち 誰かに認めてもらいたかった彼は悪という選択を受け入れた
一方で家族愛に溢れた日常の暮らしを捨てきれず

あからさまな嘘を続けながらも自分自身をそこに繋ぎ止めようとする矛盾さ

どちらも納得のするもので まさにそれこそが誰もが共感するテーマなんだ

自分自身でさえも今一番苦しめられていることをこのドラマは表現していた

言うなればMr.Whiteのように変化することは誰にでも有り得ることで
その差はいつでも紙一重であるということ

確かに以前の家族愛に恵まれた平凡な高校教師の彼は全く幸せそうではなかったし
それは現代人が最も苦しめられているテーマだ

私の知る限りの幸せな人々は自分が愛する人が近くで支えてくれて
自分だけの強みを活かせている人々だ

やっぱり本当の幸せの要素には家族愛だけでは意味がない

動物とは違い 子孫繁栄の為だけに生まれてきた生き物ではない故
それは人間としての一生の課題だ


私たちは戦争を放棄することで大事な人を守る力も必要なくなった
次に得るべき力は自分自身の為のものだ


そしてそこには必ず孤独が強いられる















On the final day of filming for Season 5,
Bryan Cranston got a Breaking Bad tattoo on the inside of his finger.


2014年9月14日日曜日

もみじ市

念願のもみじ市(クラフト市)へ

全国から集まった様々なジャンルの作家さんたちが作品を販売

駒ヶ岳の麓は日差しが強いものの
外で買い物できる気持ちよさはすごく心地が良かった

東京のデザフェスは見きれないし混みまくってるし全然違うものなんだと思った

作家さんたちが丁寧に説明してくれたり
ハンドメイド感溢れる作品は見ていて飽きないなー

さくらの木で作られた器
使い込むうちに色が変化して味が出てくるなんて素敵すぎる

出店数が減っているようだけど
もっと出店者も買い物客も地方のイベントに出向けたらいいのだけど
きっと簡単なことほど難しいんだろうな



この日もたくさん食べたー

朝から中々味わえることのできないすだちケーキ
本当に絶品で何より作ってもらえたことが嬉しかった



お昼は細麺のお蕎麦と五平餅

長野は郷土料理多いけど全部美味しくて
本当に魅力敵な場所だと感じた











一人じゃきっとつまらない旅になっていたと思います
一人旅って初めてだったけど
誰かと一緒にいられるのはやはり楽しみが倍増します

自分一人の為にここまでして頂いて感謝してもしきれないです

しかも子守の大変さも知らず、歩き回させてしまって本当に申し訳なかったです
本当に色々甘えてしまいすみませんでした

でも今回の旅は今後の自分に大きなきっかけを作ってくれると思っています

今度は自分が何かきっかけを与える存在になりたいと思います



土屋一家本当にありがとうございました

浮世絵博物館

車で連れて行ってもらった浮世絵博物館は予想外に面白かった

上野で今葛飾北斎の浮世絵名品展をやっていて
多分人が溢れかえるようなほどだと思うけど
ここでは他の人を気にすることなくじっくりと作品を鑑賞することができた

東京であまり美術館に行きたいと思えないのは
やっぱり心が疲れるからだと思った
本当にここでなら1日中でも見ていられるや

すいかの種が黒豆ほど大きかったり
深爪に対するコメントとか 筋肉の異様なつき方とか
いくらでも細かく見ることができる


私は今の日本を見てこの世界を描きたいとは思えないけど
情緒溢れる人々の生活を描き続ける背景は
どんな毎日であったのかと想像すると尽きません

そして何よりここまで奥深い世界は日本人ならではだし
到底敵わない実力にただただ立ち尽くすしかなかった

それでも自分も命あるものを描きたいと思わさずにはいられなくなる


夜は駒ヶ根市に移動しソースカツ丼

旅の食事って本当いくらでも食べれるから不思議だ
東京で食べられないからしっかり味わってきた

旧開智学校

一泊お世話になる土屋夫妻とやっとのことご対面
英都君とも初対面でどきどきだった











開店15分で売り切れることもあるという人気の鰻屋に行こうと思いましたが
残念ながら休業

ということで

つっちさんに調べて頂いた田楽のお店で鰻を堪能
ここで食べれたならもう今年は十分かな









次は楽しみしてた旧開智学校

明治6年開校で日本最古の小学校の一つ
東大の前身開成学校等を参考に
大工がわざわざ東京へ脚を運び、学んで作られたもの

松本町の7割の献金により建てられ
擬洋風建築な建物は重要文化指定にもなっています




移築復元された建物は昔の名残を感じさせる作りで
小さなイスや廊下、螺旋階段や小さな窓等
当時の人々にとっては
こんな画期的な校舎で勉強できる喜びが
今以上にあったんだろうなと思わされる
そのことは住民が資金を支援したことからも読み取れる

この学校での教育方針は
学力が低かったり、障害を持っていても誰でも平等に教育を受けさせたいという考えがあった


印象に残った写真の中で赤ん坊を背負いながら
机に向かう生徒たちの姿だった

子守奉公に出されて勉強ができず
授業を眺めていた彼女たちに
勉強が出来る機会と場所を設置したのでした

その中の一人の答辞の文章から
勉強できる喜びをもっと今の子達に感じる機会を与えられたらとも思いました



私個人的な意見としては
日本人は子供に勉強させ過ぎだ

毎日8時間なんて集中できるものでもないし
復習する時間もないまま次から次へと
興味のない新しいことを覚えるなんて無理がある

自分が何が好きか 
何が強みなのかを気づかせて、もっと勉強したいと感じさせてあげる機会を持たせてあげるべきだ

子供たちは自分のレベルも分からないし
親も子供も才能に簡単に気づけない

できないことばかりで余裕がない
差をつけさられるくらいなら
みんな同じことを勉強しなくていい