ブラジル来て初ブログだ
初めてってぐらい1人のゆったりした時間ができたうえに
久々に飲んだ後の目覚めで寝付けなくなり
色々思うこともあるので長くなるだろう今を書いてみよう
私が現在住んでるTGハウスとは
今私が所属してるHUMANAというNPOのスタッフたちの住む場所
この3日間、私以外の3人は彼らの地元に帰っており今はバウディと2人だ
HUMANAはアルコール一切禁止なので彼とピザ屋で飲んできた
近くはプラザ(広場)でバカでかい野外のスクリーンに「アリスインワンダーランド」が上映されてた
他の地域では分からないけどここバイーア州ではまず映画を見るという習慣がない
レンタルDVDや映画館なんてもちろんないし、CDレンタルももちろんない
でも彼らはテレビとかダウンロードで済ませてるみたいだけど
レンタルショップの何を見ようかと選ぶ楽しさを知っているだけに
日本にはあってよかったななんてふと思う
というかCD屋さんもないし(路上の海賊版販売みたいのはあるけど)本屋もない
子供の頃音楽やマンガなしに生きれなかった自分は果してここで暮らすことってできたんだろうかとか日々いろんなことを日本や自分と比べてる
本当に何もかもが日本と正反対だ
音楽だって色んなジャンルがあって覚えきれないんだけど
基本はダンスで踊れるミュージック
クールというよりも陽気で明るいものばかり
そして仕事中であろうが家にいようがとりあえずみんな歌っている
そういうのを日々見ていると本当に悪い人っていないなって思う
すごく漠然としてるけど、その瞬間瞬間をみんな楽しんで常にハグしあっていつも楽しくお喋りしてる
ブラジルにいる人って地域に関係なくみんなそう
そんな人たちを見てまず嘘をつくような人には見えないし、裏切ったり悪いことは考える隙なんて全く見受けられない
そしてそんな人たちまず日本にはいない
日本人は最初はすごく距離感があって相手の考えが見えなくていつも手探り状態
本当に仲良くなるまですごく時間がかかる
そして仲良くなってもいつも相手を気遣ったりして自分自身を隠してしまってる
どっちが正しいわけでもないけど
明らかにストレス感じてないのはブラジル人だ
悩みなんてあるんですかなんていうような人ばかり
そういう彼らと暮らしていると人があるべき姿ってこっちなんだろうなーとも思う
仕事なんて二の次で、常に周りにいる人と平等で楽しんで何も縛りがなくて
こんな世界本当にあるんだという驚き
彼らは絶対に日本で暮らすことはできないだろうけど
でもその分すごく怠慢で時間を気にしなかったり、細かいことが見えてなかったりする
そして計画性が全くなく、スケジュール作りもできない
だからこの先どうなるんだろうかというぼんやりとした不満は常にある
そして自分が聞いていたものと違うじゃんなんて瞬間も常々
いつもこっちは待たされてばかりだし、大事な連絡も返信くれないのに
これから10分後にどっか行くとか無茶というかそりゃないだろうって要求をされるのは本当に困る
そして何かを提案するときはいつも直前
どっか行くなら行くでこっちとしては前日とか2,3日前に行って欲しいことも
これから~へ行けど来る?とか夜は外食だからとか今から行こうとか
振り回されてるなーって感じが常にある
そして私と一緒に仕事してるブラジル人は自分より若いこともあってか
たくさん歌い、たまには踊り、常に誰かと話しているので驚くほど仕事が遅い
日本人なら1日でできそうなことを彼らは3日ぐらいかかっている
そのうち自分も集中力なくなり最終的には彼の効率の悪さに呆れてしまう
自分から見たらこうしたらもっと仕事早くなるのにっていうのは日本人ならではだろうな
そして一番の問題がコミュニケーション
私はポルトガル語が流暢ではないし、プロジェクトリーダーが英語喋れるので基本は英語
でも彼らの英語は本当に聞き取りづらい
基本日本と同じく子音の発音がないので、例えばErickはエリキとなる
そしてrがhになったり、hの発音がなかったりで彼らのルールを意識して英語を聞く必要がある
この間大学入学の為辞退してしまったコスタリカ人は英語を話せるので
いつも彼女のきれいな英語の通訳を聞いてきた
(ちなみに彼女はスペイン語を話せるので1か月ほとでポルトガル語マスター)
彼女のいない今は正直理解できなくて自分の意見言えなかったり
もういいかと諦めること多々。。
そして間違えて理解してしまう時は唯一ストレスを感じる瞬間
いつも悔しい思いをする
HUMANAの中でも自分は唯一の外国人になった
最初彼女が抜けると聞いた時はどうなるんだろうかと思ったけど
この数日一緒に過ごして あぁきっと大丈夫だとふと思った
彼らの明るさとのんびりペースで自分も無理をしなければ大丈夫だ
彼女が抜ける数日前だった
来週このプログラムを辞めるからと
もう家族とも相談した彼女はそう私に報告した
その数日は彼女がいなくなる不安と悲しさで朝を迎えたり
気付かれないよう涙を流してた
何も話せない私に彼女は本当に色んなことを率先してやってくれた
それはもう感謝しきれないほどに
そんな彼女に甘えてばかりいて最後に彼女の為に自分のできる最大限のことをしたいと思った
写真集と周りの人の書き寄せたメッセージ、思い出のカポエラのキーホルダー、彼女の好きなグミ
自分が思いつくことで彼女の喜びそうな全てを彼女に手渡した
写真集は写真1枚1枚を加工して、綺麗にwordで並べた
最初はコラージュしたかったけどたくさんの写真を手渡したくて写真集にした
書き寄せも二日間でできる限り多くの人に書いてもらいたかったけど
まだ2人しか書いてないじゃん!て急いでたのも伝わってなかったりで大変だった
みんなに書き寄せしてもらったのはスケッチブック
もちろんサイン色紙なんてないし値段も手頃でスペースたくさんあったから
色鉛筆とクレヨンも一緒に渡したら思いのほかかわいらしく
温かみあふれる感じがしてもらったら絶対嬉しいって思わせてくれるようなやつだった
1人1ページずつ書いてくれて自分は5ページほど書いた
彼女と一緒に過ごしたのは学校の期間も含めると約半年間
3か月間のブラジルでは24時間常に一緒だった
普段口数少ない分想いの丈を文字にできて本当によかった
そして一番最後のページには何ヶ月振りかの絵を描いた
彼女に全てのプレゼントを渡してお別れを言う瞬間
もうそれは抑えきれないほどの涙があふれ出た
人前でこんな泣いたのって本当に何年ぶりなんだろう
数えきれないほどたくさんの人たちに出会って
数えきれないほどの思い出も一緒に作って
それだけでこんな大きなことなんだ
彼女と別れた後もしばらく涙を止めることはできなかった
彼女がバスでTucanoを去る直前
彼女は私に長い手紙をくれた
私の不安と謝辞に彼女は優しく応えてくれた
というか封筒に書かれた彼女の初めての日本語だけでもまた涙があふれてきてた
もうこの日は思う存分泣いて本当にすっきりできてよかった
本当に彼女からたくさんのことを学んだ
言語もだけどそれ以外のものが多かったかもしれない
改めて思うのは自分のバックグラウンド
本当にうちは会話のない家族だったから自分の思ってることとかそれだけでやっぱり未だに勇気がいる
英語も未だ不自由だから細かい部分も伝えられずに終わってしまう
1人の時間が必要だった自分にはどんな思いをさせてしまったんだろうといつも考える
こんな自分には結婚とか考えられないし
してはいけないだろうなーとやっぱり思ってしまうな
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