2014年11月29日土曜日

We need this World Peace Game.

「ごめんなさい
私たちはこの世界をめちゃくちゃにしてしまった
もう私たちにはどうすることもできない
私たちは君たちならこの世界を平和にできると信じている
どうにかこの世界を平和にしてくれないだろうか」

大人が子供に真剣に語ることで子供はどうするでしょうか

信じられませんが子供たちは大人が謝ることで真剣に取り組みます
自分たちにしかできない使命を必死で全うしようとするのです

これはアメリカのバージニアの教師が独自で考え出した
「World Peace Game」
4つの国それぞれには資源、軍人、商業等独自のものがあり
各国に総理大臣、国務長官、国防長官、経理担当大臣を子供たちに割り振ります
現存する世界問題(貧困、温暖化、戦争等)を50個掲げ
国のリーダーとしてこれらの問題を全て解決し
各国の資金を増やして世界を平和にします
7週間ほど取り組み一つの問題が解決されると色んな事情が変わってくるという複雑さ
きっと大人がやっても相当難しいでしょう

ゲームと言いながらも子供たちの真剣な取り組みようにはっとさせられます
大人が考えられないようなアイデアを出しながら自国の為ではなく
世界の平和の為に行動しているのです
その姿にはなんとも言葉にし難いものがありました

そして全ての課題をクリアし 世界平和に成功した子供たちの喜びようと言ったらもう
見ている私たちが考えさせられます

本当にそこには正解がない テストもない 
だけど何が正しくて何が悪いのか
このゲームで全て私たちの学ぶべき全てを学べると思った
John Hunter は何も教えません 
本を読むかの如く世界平和の様子をじっと見守ります
それは子供自身で学ぶということを大切にしているから

一番感動したエピソードは授業参観の母親の話でした
軍のリーダーの任務についた生徒が軍人を一人失ってしまい
その両親に追悼の意を込めて手紙を書かなくてはならなかったのです
それを子供が読もうとしましたが 
授業参観で来ていた親が読んだほうがリアルだからと
ある一人の母親が読むことになりました

喜んでその手紙を読もうとした彼女は2行読み終えました
しかし驚くことになんと3行目で泣き出してしまいました
その姿に先生も堪えきれず涙を流してしまったのです 

その文章がどんなものであるかは分かりませんが
たとえ知らない人であれ 
どこかの家族の大切な一人を失ったことに対する命の尊さ
自分がしてしまったことの罪に対する悲しみに
リアルでない世界で
これほどまでに悲しみに溢れてしまうとは...
本当に信じられませんでした

現存する世界の戦争にリアルを感じれない私たちが
まさに感じるべきことでした

彼の語った3つ目のエピソードにも胸を打たれました
50の複雑な世界問題を解決し世界平和になったはずでした
その為に7週間という時間をかけてきて 残り時間1分
なんと貧しい国の資産が増えていないことに気づいたのです

先生はその時これは自分のミスだと自分を責めた
彼らをなんとかしてあげる方法があったはずだと悔やんだ
教室中に絶望感が漂い
教室中が混乱して叫ぶ子供も出始めパニック状態

その時ある生徒が言ったのです
「残り12秒です 私たち全ての国は資金を集めました
あなたの国に資金援助することができます
もしあなたが受け取るのであれば私たちはこのゲームに勝つことができます
受け取ってくれますか?」
「はい」

一瞬の予期しない展開に大人たちは一瞬理解することができないでしょう
私たちが今もこの世界でずっと苦しんできた答えを
彼らははたったの数秒で いとも簡単に解決してしまったからです

私にとって一生忘れられないであろうエピソードでした
そのシーンを実際に見たわけではないのに
Johnが何度も語る姿を見ては涙を流し たくさんのことを考えさせられました

私はJohn Hunterのように世界平和を掲げて新しい世界を作り上げようとする人が大好きだ
もうこういう人しか心から尊敬できなくなってしまった
でも彼のような人がいるのだと気づいてから
それが私にとっての希望となりました


2014年11月16日日曜日

妥協から生まれる歴史

頭がいいとはどいういうことか


経験したら世界が開く
どれほどの知識を持っていたとしても
たくさんの経験をし 広く深い考えを持った人には敵わない
その経験を元になにが一番大事でそうじゃないか判断できること
私が目指す理想です


学ぶとはどういうことか


世界がある意味を知るべき
自分の存在の小ささに気づくことで正しい方向へ進むことができる

自分と違うものに触れることで初めて人は自分の意見を持つようになる
善悪なんて存在しない


世界に行けることができるようになったのに
私たちはどんどん世界から離れていこうとしている
昔の人の考えを知るたびにこんなにも宇宙と密着していた暮らしをしていたのかと驚かされます

エジプト人は昔太陽は毎晩ヌト神に飲み込まれ
巨大な体内を旅していくと考えていました
体中を巡った太陽は新しい子供のように産み落とされ
新しい太陽として地球を照らします

もし太陽という存在を知らなければ
そんな考えを持つことができるでしょうか
たくさんの人たちに信仰していた考え
その考えを受け入れられるかそうでないかで自分の世界が変わる

戦争を起こす暴動者の元凶も辿っていけば受け入れられるものもあるはずだ
何を言っているんだと他の人が考えるようなことでも
私たちは自分たちの発想で全く新しい世界を作ることができます

歴史を変えることができないなら未来を変えるしかない
過去の歴史を妥協しあえれば
この世界は本当に素晴らしいものになります

その妥協は旅をして理解し合うしかない
自分はいつでもそこに行けるということを証明しなくてはいけない

あの小さな子供何をしたんだっていう言葉が忘れられない

目の前で苦しむ人を見る覚悟が必要だ
























Prisoner's gift shop in Palau

旅行から帰ってきてから勉強に身が入り
独学で興味あることをひたすら勉強しています

自分のやり方でアイデアを生み出しながら勉強する楽しさ
全て今までの苦労と経験で培ってきたものだ


パラオブログ最終章 Prisoner's gift shop
文字通り本物の刑務所の中のギフトショップ

日本統治時代に日本の美術教師が伝えたストーリーボード
硬質のマホガニーの木にパラオの昔から伝わる話を絵で表現したものです




一体どれくらいの時間をかけたのかと思えるほど見事なものだった

パラオには凶悪犯罪がないらしいこともあり日本のような罪人のイメージを持てない
これを作った人はどんな人たちなんだろうと興味を抱くばかり

ストーリーの数も予想外に半端なかった
私がその場所から離れられずにいたらおばちゃんが日本語で書かれたストーリーの内容を書いたファイルを見せてくれた

予想外に半端ないストーリーの数だった
あの作品数とどれを取っても全く違う作品と形で何時間でもいれそうだった


本物の刑務所の中に入り
受付のようなところでギフトショップの部屋の鍵を開けてもらう
警官ばかりで犯罪者らしき人も普通に近くにいた

とても小さくなぜか観光客もいないので観光名所とは呼び難いですが 
ぜひ世界の人に見てもらいたいと自分が思ってしまうほど


帰り際に警官たちが宅配ピザを食べてました

2014年11月8日土曜日

バベルダオブ島 マルキョク アイライバイ

3日目の最終日はバベルダオブ島陸ツアー
うちらとガイドの4人でののんびりツアー


滝壺に飛び込んだり 滝道を楽しく下ったり

日本にはない規模の巨大さ ガラスマオの滝浴び



ジップラインでターザン気分を味わったり


はじめてのココナッツジュースを飲んでわさび醤油で食べたり



その後はマルキョク州の国会へ
元々コロール州にありましたが2006年に遷都
50億円相当の台湾政府からの援助で建てられたそう


昔のお金とクイナ お金を生み出すMoney bird
群れをなす魚 ハギは団結の象徴
各州を象徴する神様等が描かれてます


でっかいでっかいバベルダオブ島を首都にして人や店を栄えさせようとしたけど 小さな国のダウンタウンは相変わらずのまま
おかげで島はほとんど手付かずということで1日で周れちゃう
でも所々に見られる真っ赤なハイビスカスは公務員の方々がお手入れしているよう


国会 裁判所等があり警備員もおらずとっても静か
ちなみに大統領は普通の洋服来て外食してお酒飲んだり 
住民と何ら変わらない生活
それだけでもこの国の良さが伝わってくる

涼しい風を感じながらののんびり幕の内弁当ー
周りには何もなくぽつん状態
ホワイトハウスを真似たようですが 建物に触れるとあらま

通信局へ行った後は
ずっと来たかったバイ!!


昔は村ごとに2、3個たくさんあったけど
太平洋戦争の戦火で現存するのはアイライ州のバイのみ(1890年)
かなり大きく 釘を使わず 積み重ねられた石の上に建てられた
ペンキも無い時代でどんな風にこの鮮やかな色を残したのだろう


もちろん文字の無い時代であったのでそれぞれのバイにストーリーが描かれています
女性の売春を象徴したもの 食や人々の生活風景等

そしてバイは2種類あります
女性は働かず家で子供の世話するのが役割であったので
酋長目的のバイは女性禁制 
集会目的のものは少年が釣り・狩り・大工等を学び
よその村の少女(バイ・ガール)が連れて来られ初体験も学んだ 
少女はウドウドというお金を稼いだ
バイの正面にそのストーリーが堂々と描かれているのです


最後はリクエストでパラオ唯一のローカルドーナツショップへ


地元の人々に愛されていて学生から大人まで小さな店内でテレビや話をしながらティータイム
どこかの映画で見たことあるような風景だ
朝来れば出来立てのドーナツが食べれたけど遠いので来れずー

2014年11月3日月曜日

ロックアイランド ジャーマンチャネルにてダイビング

人生ではじめてのタイビング
勉強することが多くてできるか不安だったけど
ビーチで実践しながら学んでいき数時間で二人ともマスターできた


だけど元々鼻炎持ちのため耳抜きにはとても苦労した
まして鼻炎の方にはダイビングは少し危険を伴うものだと心から実感
でも2~3Mでのあの耳の痛さを感じたら12Mなんて無理なんじゃとずっと不安でした
未だに左耳の違和感が消えず常に耳抜きをしているような感覚が残ってる

朝から練習をし この日は2箇所外洋でダイビング
まだ耳抜きができた状態とできていない状態の区別がわからなかったけど
日本人女性スタッフが痛みを感じていなければ大丈夫だと教えてくれた


最初のポイントでの初潜り

なんとか耳抜きができ 12Mまで潜ることができた
泳ぎ方はぎこちないけど本当に安心した

海の中は正直人がたくさん潜っている海の中という感じ
でも二箇所目のジャーマンチャネルはまた違う世界
ライセンスがないのでマンタがいるような場所へは行けないけど
海にこんな美しい世界があることがなんかただ信じられない

この世界をもっと美しくすることは人の手でできることではない
だから私たちはこの世界を守っていく必要があるんだとおもった


ロックアイランド パラオには500の無人島があり
イノキアイランド(アントニオ猪木所有) おじさんアイランド ワニ島
星座のように島の形から連想されて付けられた名前がたくさんある


お昼は無人島のビーチでランチ
パラオでは現地の言葉で「ベントー」が日本語と同じ意味で残っており
ずっとランチは弁当屋さんのベントーを食べました
日本でそれを知ったときは唖然としたけど
味が濃くても海で食べるご飯はうまいもんだ



おじさんがココナッツを真剣に撮っていてなんだか不思議だった




夜はディナークルーズでパラオ人とのダンスを楽しみました




パラオ人は本当に癒されるな
みんな太ってるけど仕事中に楽しそうに話してるのとかみるといい国だなってふと思う
日本とここまで強いつながりがあるならもっと日本人に知ってもらいたい
どうしてこんなにも知られることがない国なんだろうか


あと面白いのが
パラオにはすごくかわった嗜好品があり
売店のおっちゃんが「アタママワル」と言ってやってました
パラオ人みんなやってるみたいだ
ものすごく苦く辛い?らしいですがかなりの強烈もの
道についてる赤い唾の跡がその証拠